
新聞は事実に近く、SNSには嘘も多く混ざり、テレビはその中間。ぼんやり感じていたことが、この本を読んで整理できました。
『事実はどこにあるのか 民主主義を運営するためのニュースの見方』(澤康臣著、幻冬舎新書)
■どんな本か
著者は元・共同通信の記者です。SNSにデマや誤情報があふれ、権力に都合の悪いことが隠されがちな今、私たちはどうやって大切な事実を見つければよいのか。新聞・テレビといった報道メディアと、SNSなどのデジタルメディアの違いを軸に、ニュースの見方を解説しています。
太平洋戦争中の大本営発表はもちろん、京都アニメーション事件、東京医科大学の入試で女子受験生の点数を一律に下げていた問題など、よく知られた事例が山のように取り上げられていて、その一つひとつがとても興味深く読めました。
■私の感想
正直に言うと、通信社の記者出身と聞いて、少し身構えながら読み始めました。ところが、主張が一方に偏ることはなく、バランス感覚のいい本でした。
新聞は裏付けを取りながら記事にする。一方SNSは、確認されないまま情報が流れてくるので、どれが事実かを選ぶのがとても難しい。しかもSNSは、拡散されるほど広告費を稼ぐ仕組みなので、事実と違う情報でも広がってしまう。そもそも媒体としての目的が違う、ということを、いろいろな言葉で説明していて、その通りだと思いました。
いまの私は、新聞よりもSNSやYouTubeなど、デジタルなものから得る情報の方がはるかに多くなっています。ただ、それを丸ごと信じているわけではありません。YouTubeを見ていても「これは嘘だろうな」と思うことがよくあります。
気になるのは、仲間内だけで盛り上がり、批判もないまま大騒ぎして、人を傷つけ、追い詰めていくような動きです(エコーチェンバーと呼ばれるものでしょうか)。これは由々しき事態だと思います。とはいえ、何を選んで見るかは、見る側にゆだねられています。
新聞もたまに読みますが、「よく取材していて、嘘は書いていないだろう」と感じます。新聞は事実に近く、SNSには嘘もたくさん混ざっていて、テレビはその中間くらい。いまの私の実感はそんなところです。この本で、その感覚がすっきり整理できました。
以下、備忘します。
【書誌・メモ】
題名:事実はどこにあるのか
副題:民主主義を運営するためのニュースの見方
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■ はじめに(備忘)
みんなにとって大切な事実、市民が社会の運営側として考え行動する上で大切な事実を公表すること、それが記者の仕事であり報道の仕事となる。本人が広めてほしいことを宣伝するのとは違う。面白いというだけで拡散することもない。そして何より、伝えることは裏付けが取れた事実でなければならない。
(p.69)
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アメリカ社会が理想ということは全くない。残酷で深刻な病理でもある。激しい貧富格差、強い自己責任感覚による税嫌悪と社会保険軽視、乱射の悲劇が繰り返されても進まない銃規制。メディアはメディアで、ドナルド・トランプがメキシコ人は「強姦魔」など常識を超えた発言をする人物でありながら、視聴率欲しさからテレビに登場させ、支持層を作ったと指摘されている。矛盾が多い国だ。それでも、暮らしの足元には誰もが意見を言い、意見を求める自由と参加の民主主義がなお生きているのは価値ある国だろう。
(p.95)
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大戦中の日本メディアは事実を伝えなかった。大本営がそう発表したからという表面的な事実でごまかしてしまっていた。しかしインターネットとSNSが発達した今では、情報があふれ、真実が届きやすくなると思える。日本の空母が撃沈される画像がある、「ミッドウェーは本当は惨敗したようだ」という情報がすぐに広まって、情報操作を計画する余裕などなさそうだ。ジャーナリズムに代わり、インターネット情報は親切で面白く、市民の力になってくれるように見える。
(p.107)
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ニュースとどう関わっているかを調べた2022年の調査報告によれば、テレビでニュースを知るという人が61%、ラジオは26%、新聞・雑誌など印刷物は23%。これに対し、YouTubeやTwitter、FacebookなどインターネットのSNSでニュースを知るという人は57%に上る。……日本の場合はSNSでニュースを得るという人の割合は世界全体より低く、28%である。それでも9年さかのぼった2013年は17%で、少しずつ増えている。一方、新聞・雑誌は2013年調査では63%、2022年は27%。9年で半分以下という激減ぶりである。比較的安定して高いのはテレビで、6〜7割前後を維持している。
(p.110)
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だから、本人が知らせたいかどうかより、市民にとって大切な真実かどうかで判断する。ただ面白いだけではニュースにできない。市民の生活で知っておくべき社会や政治や経済の動き、事件や事故といった重大問題発生とその処方、有力者の不正、インフルエンサーの真の姿にも深入りを入れ、探りを入れ、社会がどうなっているのか、まずい点はないかを明らかにする。市民の視界が360度取れるよう、また重要な情報は誰もが共通して持てるよう、定食のようにバランスを大切に幅広く提供する。
(p.130)
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この環境に置かれれば、アメリカでも日本でも、SNSでの空気感に反する選挙結果を不正だと思うのは、むしろ人の正義感として当然かもしれない。そして自分好みのSNSの方が「これを食べろ」「この分野もどうだ」と押し付けがましい定食メディアより親しみを持てるのもまた当たり前かもしれない。
(p.135)
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特にSNSユーザーを引きつけるのが不快なコンテンツか腹立たしいコンテンツなのだとワイリーは言う。だから怒りや不快さを煽る投稿は注目され、どんどん拡散され、SNSに満ちる。
(p.136)
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新聞やテレビのニュース編集局は、どのニュースを報じるかを選択し、それが面白いかどうかだけでなく真実かどうかを精査する。他方、Facebookのタイムラインに流れてくるニュースは、コンピュータのアルゴリズムが選んだものだ。つまり、拡散される記事に書かれていることが真実かどうか、そこに責任を持つ編集局はFacebookには存在しない。「内容が正確かどうかは全く関係がないのだ」という。
(p.137)
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報道の独立を守るため原稿の中身を取材相手に事前に教えないルールは、アメリカでも近年微妙に変化し、正確性のために固く限定した上で報道内容の一部について事前説明を認める議論が出ている。
(p.247)
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ネット広告は複数のシステムが絡み合う巨大な仕組みになっている。Googleなど検索エンジン、FacebookやTwitterなどSNS、広告入札システム、クリック数や閲覧数のカウントシステムなどだ。これを捌くため、アドテクノロジーと呼ばれる技術が使われる。一方で、コンピュータプログラムを使って、実際に市民が見たわけでもない形だけのクリック数を稼ぎ、広告の効果を大きく見せる詐欺的な行為も横行している。
(p.266)
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一方、日本のメディア専門家で元TBSキャスター・下村健一 白鴎大学特任教授は、ハッと思う情報をネットで見たときに「ソ・ウ・カ・ナ」のチェックをするように呼びかけている。
・ソ……即断しない
・ウ……鵜呑みにしない
・カ……偏らない
・ナ……中だけ見ない(他の見方や情報がないか考える)
(p.283)
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拡大し続ける情報の中で、私たちは事実を見つけなければならない。明日の天気から国会が次に決めようとする法律まで、正確な事実を知らなければ私たちは安全とは言えない。そして民主主義の運営側としてどうするべきか、いい意見も議論も望めない。事実はどこにあるのか。情報を探り、事実かどうかの裏付けを取り、バランスにも注意しながら伝える役割は、報道メディアが長く担い続けてきた。だが今、新しい情報はSNSに次々と流れてくる。わからないことは検索すれば何らかの結果が表示される。大学でジャーナリズムの講義を受ける学生でも、今や新聞を購読するものはごくまれで、テレビ離れも進む。その代わりSNSを通じてたくさんの最新情報を得ている。その中のどれがニュースなのか、ニュースと最新情報はどこが違うのか。情報メディアと他の情報源は何が違うのか、そもそもそれらは区別すべきなのか。
(p.297)
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この本はそんな願いから書いたものだ。特にジャーナリズムの最も中心的な役割というべき「市民が民主主義の運営側として必要な情報を得る」という観点を最初から最後まで一つの軸として意識した。
(p.298)
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■ 要約(裏表紙)
デジタル情報の総量は、この20年で1万6000倍になったが、権力に都合の悪い記事は隠され、SNS上にはデマや誤情報が氾濫する。私たちが民主主義のお客さまではなく運営者として社会問題を議論し、解決するのに必要な情報を得るのは難しくなる一方だ。記者はどうやって権力の不正に迫るのか。SNSと報道メディアは何が違うのか。事件・事故報道に実名は必要なのか。ジャーナリズムのあり方を現場の声をふまえてリアルに解説。ニュースの見方が深まり、重要な情報を見極められるようになる一冊。
