
宮本雄二さんの『2035年の中国 習近平路線は生き残るか』(新潮新書)を読みました。著者は元中国大使で、習近平氏を長く近くで見てきた人です。
歴史は「人」で動く
いちばん強く感じたのは、歴史の中で一人の人間が果たす役割の大きさです。習近平氏の性格や生い立ちが、いまの中国の進む道を大きく左右している。アメリカでも、レーガン大統領や今のトランプ大統領を見れば、トップの性格ひとつで政治ががらりと変わることがよく分かります。
そして、歴史にはちょっとした「掛け違い」がある。ほんの小さなすれ違いで、その後の流れがまったく違うものになってしまうのだと改めて思いました。
習近平は「ただの権力好き」ではない
YouTube などでは、習近平氏を「権力を愛するだけの凡庸な人」と言う声もあります。しかしこの本を読むと、1期目、2期目、そして3期目と党内をまとめ上げてきた政治の腕力は、やはり大したものだと感じます。
両親もすぐれた人で、とくに母親は、一族が企業と関わることを禁じ、息子の足を引っ張る者が出ないようにしたといいます。その判断は正しかったと思います。
中国の王朝は、すべて内側から倒れた
なるほどと思ったのは、中国の歴代王朝はすべて農民の反乱で倒されてきた、という指摘です。外からではなく、内側から崩れる。
だから中国の指導者は、民衆のことなど見ていないように見えて、本当はものすごく国民を恐れている。目次をながめるだけでも「共産党は国民を恐れている」ということがよく分かります。これがこの本でいちばん心に残ったことです。
大きな国をまとめる難しさ
中国は日本のように小さな国ではありません。日本のような細かい調整では動かず、方向を変えるときはスローガンを極端なくらい大きく打ち出さないと、国民がついてこない。
しかも中国の人たちは、日本人とは比べものにならないほど自分で考え、自分で決めて動きます。生き抜く力もとても強い。その人たちを、国がばらばらにならないようにまとめ続けるのは、本当に難しいことです。
鄧小平の「俯瞰する目」
文化大革命で失敗した毛沢東のあと、鄧小平は「爪を隠し」、まず経済を立て直して民衆の気持ちを取り戻すことを選びました。世界全体を見渡したうえで、今は何をすべきかを決める。その俯瞰的なものの見方は、やはりすごいと思います。
習近平氏は、経済だけでなく「中華民族の偉大な復興」を掲げ、強い外交に切り替えました。鄧小平の見方にどこまで迫れるのか、ここが注目どころです。
これからの課題は「民主」
いまの中国は共産党の一党支配で国を治めています。けれど、上から管理し取り締まるだけでは長続きしない。本書も、共産党の本当の挑戦は国内から来る、それは「民主」の問題だ、と書いています。国民の声をどう受け止めるのかが、2035年の中国を決めるのだと思います。
日本にとっても他人事ではない
戦前の日本は、中国をめぐってアメリカと対立し、楽観的な見通しを重ねた末に大きな敗北をしました。中国もアメリカも、ある意味で「怖い国」です。だからこそ、相手を正しく知ることが大切だと感じます。
まとめ
国民を恐れ、国が割れないように必死にまとめる。そう考えると、習近平氏はよくやっている――これが、私がこの本から得た一番の感想です。
中国のニュースを「好き・嫌い」ではなく、少し落ち着いて見たい人におすすめの一冊です。
以下、備忘します。
ロシアの歴代王朝は外敵の侵入で崩壊したことはあっても、レーニンによる共産革命を除き、自国民の力で倒されたことはないのだ。ところが中国では、すべての王朝が農民蜂起により打倒されている。
ページ21
現代社会特有の、彼らの多様化した価値観とニーズに、中国共産党の一党支配の制度がどこまで上手に多様できるか。中国の将来は、ここにかかっている。結局は、中国国民が中国の将来を決めるのである。
ページ28
肉体的、精神的に弱い人は淘汰されていく。強くなければ生きていけないのだ。中国国民の特徴の1つは、その生き抜く強さにある。
ページ32
そこで国民は、他人を信用しないのと同様に、基本的には政府も信用していない。中国国民の次の特徴として、官ないし政府に対する不信を挙げることができる。
ページ33
自己主張の伝統はしっかり残っている。中国国民は日本人とは比較にならないほど自己主張するのだ。
ページ34
共産党が真に恐れているのは、武漢や今回のコロナ対策批判のように、国民が一致して政府や党を批判する行動をとることだ。
ページ39
習近平思想の第一の特徴は、政治とイデオロギーの重視にある。
ページ50
第二の特徴として、党の指導の強調を挙げることができる。
ページ51
第三の特徴として、党の建設、つまり組織の強化がある。
ページ52
第四の特徴として、国粋主義的なナショナリズムを強く反映している点を挙げることができる。
ページ53
習近平の母、斉心は、一族郎党が企業と関係することを禁じ、12年にトップになったときには、すべての所有株の売却を命じたという。さらに一族郎党全員を深センの一角に住まわせ、自分の管轄下に置いたという話も聞く。習近平の足を引っ張るものが出ないようにしたのだ。
ページ61
中国の大きさが日本式の微調整を可能にしているかれだ。方向転換をするときには大きく変えないと、下はついてこないのだ。中国の人たちは、日本人と比べものにならないくらい自分で判断して動く。
ページ78
習近平は、歴史決議において「二つの確立」を勝ち取った。共産党では全党が党中央に従うことになっており、党中央の核心だけで十分なのに、敢えて全党の核心を付け加え、これでもかと習近平への忠誠と服従を求めている。
ページ90
「中国崩壊」といった、ある意味での楽観的シナリオは、もうやめよう。戦前、楽観的シナリオを積み上げて日本は徹底的に打ち負かされたではないか。中国は、さらに国力を増し、それに見合った影響力を獲得していく。しかし総合国力において中国が米国を抜く日は、おそらく来ないだろう。
ページ114
いくつかの世論調査でも、大多数の日本人が中国に親しみを感じないと回答しながら、日中関係の発展も重要だと回答している。この一見、矛盾したように見える日本人の反応は、実は日中関係の本質を鋭く捉えている。この国民の気持ちに応える方法が、結局は普通の「あるべき外交」をしっかりやっていくことなのだ。
ページ119
このように鄧小平の国際情勢認識は、中国にとって経済発展がすべての鍵であり、平和で協調的な外部環境が不可欠だという国内的要求に応えるものでもあった。だが習近平は、経済発展だけでなく、中華民族の偉大な復興と社会主義強国の実現を国家目標に掲げる。自己主張の強い対外強硬路線の手法をとり、近隣諸国のみならず、米国との関係も緊張させた。
ページ132
トランプ政権や他の国々の直接的な中国批判に対して、逆襲に出た中国の外交官たちは、相手を侮辱し恫喝する独断的な外交戦略、すなわち「戦狼外交」に打って出た。ゼロコロナ政策で自国のシステムの優秀さに陶酔し、米英の上から目線に反発していた国民も拍手喝采をした。
ページ133
「今日世界は、100年未だかつてなかった大変革を経験している。しかし、時と勢いは中国にある。これが我々の意志の力と気力の根源であり、我々の決意と確信の根源である」……「相対的に見れば、チャンスのほうがチャレンジより大きい」
ページ134
重要問題に関しては、すべてこれらの原則に従わなければならない。中国共産党にあっては、非公式に内々の相談をすることが原則であり、ルールなのだ。ちなみに人事は、重要問題に含まれる。
ページ162
つまり米国は、どこまでが一つの中国の原則の限界かの「外交的レッドライン」を試し、中国は、どこまでだったら米国が許容するかの「軍事的レッドライン」を試している。このレッドラインの試し合いは、簡単に計算外の軍事衝突を引き起こす。
ページ180
暗黙の了解なるものが出来上がった背景に、党を割ることに対する党内の強い危機感があったはずだ。鄧小平は、党が分裂しなければ共産党に挑戦できるものはいない、党の分裂は何が何でも避けよ、と訓じたことがある。
ページ191
習近平新体制へのもうひとつの大きな挑戦は、何度も指摘してきたように、対米関係から来る。
ページ202
だが海外、とりわけ西側との経済関係は、中国にとって依然として不可欠な重要性を持つ。経済安全保障がますます重視されれば、中国経済とのデカップリングは進む。冷戦構造が定まれば、経済は分断される。そうなればなるほど、人口減でさらに必要となった労働生産性を高める海外の各種ノウハウが、自由に入ってこなくなる。
ページ209
遥か遠くの抽象的な目標を読み聞かせられてもピンとこない。今日、明日の国民の要求に応えることができない限り、共産党の統治の正当性を確保することは難しくなる。
ページ212
米国も、中国を自国の地位に正面から挑戦できる唯一の国だと捉え、全面的な競争に入った。日本も防衛力の底上げに動いた。東アジアは間違いなく軍拡競争に入ったのだ。
ページ217
人民解放軍は党の軍隊であり、党に従い、党の統治に従うことを徹底的に教育されている。だが、党が割れかかったときに、人民解放軍がどちらに付くかは決定的な意味を持つ。
ページ218
しかし中国が実質的な中身において譲歩をしないと、今の米国は動かないだろう。まずそれをやることだ。この譲歩をテコに、米国の譲歩を引き出す作戦をとるべきであり、それを同時に外に出せば、中国の一方的な譲歩にはならない。だが動きは中国からつくるしかない。ここは覚悟を決めるべきだ。
ページ225
米国外交も世界全体の将来を見据えた真の意味での超大国外交の風格を失っている。その結果、米中が軍事衝突をし、全面的な経済のデカップリングとなれば、世界は破局に向かう。人類は時々愚かなことをする。そうならないように最大限、理性の力を発揮するべきだ。
ページ227
中国共産党の真の挑戦は国内から来る。それはこれまで十分に手をつけてこなかった民主の問題でもある。民主というと民主主義の専売特許のように思われているが、マルクス主義は、初期資本主義とそれを支えるイギリスの民主主義を否定し、それを超える民主をつくり出そうとしたものだ。民主は極めて重要な概念なのだ。上からの指示に従わせようと管理と取り締まりばかりを強調すると、党内民主はどうなったのかという声が党員から必ず上がる。
ページ232
(出典)宮本雄二『2035年の中国 習近平路線は生き残るか』新潮新書、2023年
書名:2035年の中国 習近平路線は生き残るか
著者:宮本雄二(元中国大使)
出版:新潮新書(新潮社)、2023年
