先日、ふらりと立ち寄った古本屋の100円コーナーで、ふと目に止まった一冊がありました。裏表紙に見覚えのある名前。――出口治明さん。以前、お目にかかったことのある方です。とても神経質で、正直少し気疲れするお話し相手だった印象もあるのですが、同時に非常に面白く、鋭い観察眼を持っていらっしゃる方でした。
その方の本が、定価1600円のものが100円で売られていたことに、ちょっと切なさを覚えつつも、思わず手に取って買って帰りました。
「捨てる」ことは「選ぶ」こと
本書『捨てる思考法』には、彼の経験に裏打ちされた視点がちりばめられており、読みやすく、それでいて刺さる言葉がいくつもありました。
「何か1つを得ようとする時、人は必ず何か1つを失う。」(p.18)
このシンプルな事実に、改めてハッとさせられます。私たちは日々、何かを選び、そして何かを捨てて生きている。けれど「捨てる」ことに、どこか後ろめたさや未練を感じてしまうものです。
「諦めることで気持ちを切り替え、今なすべきことを考える。腹が座るとはそういうことです。」(p.29)
この一節は、自分の中に響きました。「今ここに流れ着いた」という言葉の潔さもまた、印象的でした。
コロナ禍の中で問われる「知」と「選択」
コロナ禍という未曾有の事態において、本書では歴史的なパンデミックとの比較、リモートワークの意味、情報の本質など、多くの切り口で考察されています。
「知識を得て恐怖感を捨てることができれば、チャレンジすることが容易になります。」(p.55)
また、出口さん自身が語る合理性と、時折にじむ偶然への信頼。これは彼自身があまりにも合理的な人であるからこそ、偶然に頼るという選択肢にたどり着いたのかもしれません。
「すべては運次第、偶然の産物です。」(p.237)
これは一見投げやりのようにも見えますが、合理主義の行き着く先にある一種の達観なのでしょう。
働き方と生き方の変化
リモートワークや定年制の見直し、そして「夜の街の衰退」といった具体的な社会の変化にも触れながら、私たちの価値観がいかに変容したのかを教えてくれます。
「定年制を廃止して、年齢フリーにシステムを変える事は、実力主義の社会になることです。」(p.200)
「人間が生きていくために必要なものは、実はそんなに多くありません。」(p.259)
この2つの言葉に込められたメッセージはシンプルでいて、力強い。働く意味、生きる意味を問い直す上で、ひとつのヒントになると思いました。
この本は、ちょっと心がモヤモヤしているとき、自分の考えに詰まったときに開いてみると、きっと何かしらのヒントがもらえる。そんな1冊です。
古本屋で出会った偶然に、少しだけ感謝しています。
備忘します。
分かれ道に立って今1つの道を選べばもう一つの道が選べなくなる。…岐路に差し掛かった時、右の方向に進もうとすれば、左の道を進む事は永遠にできない。何か1つを得ようとする時、人は必ず何か1つを失う。ページ18
諦める事は捨てることです。今ここに流れついてしまったのですから、他の事は諦めるしか生きる術がない。捨てることで気持ちを切り替え、今なすべきことを考える。腹が座るとはそういうことです。ページ29
哲学者フランシスベーコンの「知識は力なり」という言葉があります。これに対して、ジョージオーウェルは「1984年」という名作の中で「無知は力である」と言う言葉を架空の国オセアニアを支配する党のスローガンとして表しました。作品中、独裁的な為政者に対して従順な大衆を描写したときの言葉です。権力者が人々を自由に操ろうとする時、無知は力になります。物事の本質を深く掘り下げて考えず、政府の発表やメディアの情報だけを信じる人々は、支配者にとっては思い通りにしやすい存在です。ページ53
知識を得て恐怖感を捨てることができれば、チャレンジすることが容易になります。ページ55
歴史を振り返る限り、世界を変えるのは冒険者だけ。そして、世界を変える方法は3つしかありません。クーデターを起こすか、起業するか、上の世代がいなくなるのを待つか。つまり、世界を変えたい人は勝手に動き出し、自分の信じたことを勝手に始め、いつしか世界を変えていくのです。ページ61
カメラを持ち歩くことをやめたのも、同じ頃のことです。旅行に行くときには必ず目に止まった風景を取ったものですが、ある時自分が撮影したはずの風景を覚えていないことに気がつきました。アングルやシャッターチャンスに気をとられていたのでしょう。それでは本末転倒だと思い直して、以来、カメラは持ち歩かないことに決めました。最近はもっぱらスマートフォンのカメラを使っていますが、気が向いたときの一瞬を撮れる手軽さが良いところです。ページ79
連絡するときは、基本的にメールとFacebook Messengerを使います。電話を使う機会は、最近ではほとんどありません。時間泥棒という言葉があるように、コミュニケーションの効率が良くないところが問題です。ページ87
人生も同じで、「一緒にご飯を食べて楽しいかどうか」という純粋の動機で選べば、きっと面白い友人に出会います。「本は面白いかどうか、旅は行きたいかどうか」で選べば、失敗がありません。自分の評価につながるかといった欲と色気を捨てることで人生は豊かになります。ページ107
オンライン会議は、忖度を捨てるチャンスです。偉い人の顔色を窺って、波風を立てずに会議をするのは時間の無駄だったと気づいた人は、意外と多いのではないでしょうか。ページ120
大事な決断をするときは慎重に考えるといいますが、それは間違った通説だと思います。人生における大事な決断ほど、実はその場のノリで選んだ方が良い結果が出ます。ページ132
色めがね、つまり脳の癖を修正するためには一定の方法論が必要です。僕はタテ、ヨコ、算数の思考を使っています。タテは歴史です。昔の人はどう対応したのだろうかと考える時間軸の視点です。…次のヨコは世界です。他国の人はどう対応するのだろうかと考える空間軸の視点です。最後の算数は奥行きです。実際はどうなってるのだろうかと、算数すなわち数字、データ、エビデンスファクト、Logicを用いて立体的に深掘りする視点です。ページ139
この中におけるテレワークの普及で、私たちの働き方は一変しました。同時に正規、非正規や男女間での雇用、賃金格差など、潜在的な社会問題とアンコンシャスバイアスを浮き彫りにしました。ページ150
テレワークの普及がもたらした社会的変化3点あります。①ペーパーレス②通勤時間の削減③場所の制約からの解放です。ページ159
しかし、企業のダラダラ残業とともに栄えた夜の街は、今更今後さらに衰退していく事は間違いありません。ページ174
ところで、悠々自適の生活がしたいとよくいわれますが、医者に言わせれば寝たきりコース一直線になるそうです。人間は出来る限り長く働き、人と交流することで心身ともに健康でいられるんだと。ページ183
定年制を廃止して、年齢フリーにシステムを変える事は、実力主義の社会になることです。働く人が自由に個性を発揮できれば、衰退しつつある日本経済は復活するはずです。ページ200
長い年月にわたり評価されたものにはそれなりの理由があります。古典から読むのが、面白い本に出会うための近道です…分厚い本に不適なものはない。不適な人に分厚い本が書けるとは思えないからです。ページ212
すべては運次第、偶然の産物です。離れていく人を無理に引き止めても仕方がありませんし、お誘いがあれば、なるべくイエスと言って会に出かけるのが良いと思います。そこからなんとなく世界は広がっていくものです。ページ237
人から学ぼうとするなら自分の好き嫌いを一旦捨てて、とりあえず軽い気持ちで会ってみる。ページ243
人間が生きていくために必要なものは、実はそんなに多くありません。ご飯が食べられて、安心して寝られる場所があり、寒さをしのぐ服があれば、とにかく生きていける。それ以外のものは、思い切って手放してしまっても困る事は無い。ページ259