中村知春さん著『ハルイロ。』を読んで

先日、日経新聞の書評欄で、中村知春さんの著書『ハルイロ。』が紹介されているのを見つけ、手に取りました。

実は知春さんは、私が前職で新入社員だった頃にお世話になった先輩のお嬢さんです。

幼い頃、白馬のスキー場で一緒に滑ったこともあり、花火を眺めながら過ごした思い出もあります。
私の孫をかわいがってくれたこともあり、その成長をどこか親戚の子を見るような気持ちで見守ってきました。

その彼女が、女子ラグビー日本代表「サクラセブンズ」の一員としてオリンピックに二度出場し、その競技人生を綴った一冊。

感慨深くページを開きました。

日経新聞の書評では、「静かな本」と評されていました。

確かに、華やかな勝利の物語が前面に出る本ではありません。
しかし、その静けさの奥にある葛藤、覚悟、挫折、そして再生の力に、深く胸を打たれました。

特に印象に残ったのは、オリンピック代表選考について綴られた部分です。

選ばれる喜び。
そして、選ばれなかった仲間への複雑な思い。

同じ目標に向かって家族のように戦ってきた仲間でありながら、最後には明確に線が引かれる。
その心理描写は非常にリアルで、読みながら何度も考えさせられました。

知春さんはこう書いています。

「私は『希望を配る人』でありたい」

この言葉に強く惹かれました。

また、こんな一節もあります。

「円満な組織というのは、そこにいる全員が、同じ質量と同じ温度で等しくお互いに気を使い合うものだ」

これはスポーツチームに限らず、あらゆる組織に通じる本質だと思います。

さらに心に残ったのは、

「目標は何ですか?には答えられても、なぜそれを達成したいのかに答えられる人は少ない」

という言葉です。

目標と目的は違う。
この視点は、競技の世界だけでなく、人生そのものに通じる問いだと感じました。

知春さんは、代表落選も経験し、その後復活も経験しています。

挫折を知っているからこそ、選ばれた者の責任も、選ばれなかった者の痛みも理解できる。
その経験が、この本に深い人間味を与えています。

以前から、ラグビーの後輩たちから慕われ、尊敬されている様子を耳にしていましたが、この本を読んでその理由がよくわかりました。
強さとは、勝つことだけではなく、周囲に希望を与えられることなのだと思います。

読み終えて感じたのは、これは単なるアスリートの記録ではなく、「どう生きるか」を問いかける一冊だということです。

本書の終盤に出てくる「石切り工」の話も印象的でした。

百回叩いても割れない岩が、百一回目で割れる。
しかしそれは最後の一打だけの力ではなく、それまで積み重ねたすべてがあったからこそ。

人生も同じなのでしょう。

『ハルイロ。』という題名が実にいい。

厳しい冬を越えた先に訪れる春。
その色には、静かで確かな希望が宿っています。

進む道に迷っている人、何かに挑戦している人、そして誰かを支える立場にある人に、ぜひ読んでほしい一冊です。

備忘します。


円満な組織というのは、そこにいる全員が、同じ質量と同じ温度で等しくお互いに気を使い合うものだと私は思っている。
私のような年長者は、そんな風土や文化を積極的に作る努力をしなければいけないと思っていた。
(ページ31)オーストラリア合宿最終日、帰国した成田空港のホテルで行われたミーティングで、パリオリンピックのメンバーとバックアップメンバーが発表された。
その中に、私の名前はあった。
嬉しい気持ちはもちろんあったけど、過去に落選した経験が頭をよぎって、そこに名前のないメンバーたちのほうが気になった。
(ページ34)

自分の名前がそこにないとき、選ばれたメンバーを応援する気持ちに嘘はないが、その奥にある複雑な気持ちの泥のような重みと、個人の感情の哀れさと行き場のなさを私は知っていた。
(ページ34)

しかし、オリンピックとなると話は違う。
オリンピアン12人とそれ以外は、明確に線を引かれる。
同じ目標に向かって家族のように共に戦ってきた仲間、もちろん仲間とはいえライバルでもあるのだが、このオリンピックのメンバー選考はどうしてもその後の人生を左右するといった、そんな空気感がある。

真剣勝負の舞台では、勝者の影には敗者がいる。
アスリートとして、光になるときも影になるときも、お互いを輝かせてあげられるような、そんな人間でありたいと思う。
(ページ38)

叶わない夢も、また人生だよな。
10年以上追い続け、待ち焦がれたオリンピック。
最後の1秒を惜しむように、その夜を過ごした。
夜更けの選手村は、とても静かで明るかった。
(ページ49)

「リーダーとしてどんなことを意識していましたか?」という質問をよくされるが、私は「希望を配る人」でありたいと思う。
どんな暗闇にも寄り添って、希望を見出すキッカケを差し出せるような、そんな人間になりたいと思っている。
(ページ51)

言い訳せず、視線をぶらさず、挑み続けるものだけが、リオを目指す有資格者として、次の合宿に選ばれた。
私は呼ばれ続け、2012年の夏には、キャプテンに指名された。
(ページ63)

最初は、少し運動神経に恵まれたただの23歳だった。
オリンピックを目指して努力すれば、周囲が私に価値があると思ってくれる。金メダルという言葉を掲げれば、すべての人が応援してくれる。そう勘違いしていたことに気づいて、目が覚めた。
(ページ70)

「目標は何ですか?」という問いに答えられる人は多い。
しかし、「なぜその目標を達成したいのですか?」という問いに答えられる人は、それほど多くないと感じている。

目標は「オリンピックでメダルを獲得すること」であり、目的は「女子ラグビーの価値を高めること」である。
この違いを意識することで、行動に一貫性と意味が生まれるのだ。
(ページ73)

サクラセブンズは、「覚悟」・「あるべき」という7つのコアバリューを言語化した。
サクラセブンズ七箇条。
「自律」・「思いやり」・「感謝」・「敬意」・「誇り」・「礼儀」・「輪」。
それぞれの言葉を選ぶ際に、どんな漢字をあてるか、どんな英訳をあてるかも議論した。
(ページ82)

「これってさ、僕たちの世界も一緒だよね。経験していることしか理解できないっていうのは、そういうことだよ。」
人は経験しなければ理解できないことがある、というメッセージが強く頭に残る話だった。
(ページ84)

アスリートにとって、オリンピックという大会の意義は大きい。
オリンピックでメダルを取れば、世界が変わる。
北川にあるナショナルトレーニングセンターはアスリートだらけだが、やはりメダリストはまとっているオーラが違う。
(ページ89)

人は、失敗や痛みから多くを学ぶ。
経験者として先回りして失敗を防ぐことは、その人を守ることにはつながるかもしれないが、成長という視点で見ると、遠回りになる可能性もある。
(ページ97)

人を育てるということは、もしかしたら、共に失敗する覚悟を持つこと、なのではないだろうか。
共につまずき、転んでも、先に立ち上がって手を差し伸べること、また歩み出すための助けとなること、それが人を育てるということではないか。
(ページ98)

2012年からほぼ10年、サクラセブンズを引っ張り続けてきたが、東京オリンピックまでに2ヶ月を切った土壇場で、私はあっけなく落選した。
(ページ104)

リオオリンピックの前、私は「オリンピックが終わったら、生きているかどうか分からない」と語ったが、東京オリンピックのメンバーから落選したときは、「もう人間でいたくない」と思った。
感情を遮断したかった。
(ページ106)

33歳の私がサクラセブンズに関われる時間はもう長くない。
その短い時間の中で、サクラセブンズを世界の舞台に戻し、その誇りを取り戻さなければならない。
そんな責任感が先立って、ディレクターに僭越ながらこう言った。
「ただの選手という立場では嫌です。」もう失うものはない。
考えていたことは、再びぶっ壊れたサクラセブンズの誇りを取り戻すことだけ。本当にそれだけだった。
(ページ118)

こうして私は、「プレイングコーチ」という肩書きで、サクラセブンズの再出発に関わることになった。
次のパリオリンピックまで、もう3年を切っていた。
無駄にできる時間はまったくない。
(ページ120)

試合に勝って泣いたのは初めてだった。
上を目指して走り続けてきた中で、「オリンピックで結果を出すまでは、どんな勝利も通過点だと捉えなくてはいけない」と思い込んでいた。この大会を機に、どんな試合の勝利をももっときちんと祝おうと、瞬間瞬間を大切にしようと胸に刻み込んだ。
もしかしたら、これが私にとっての東京オリンピックだったのかもしれない。
(ページ126)

佐久間さん曰く、運は、信用という名の橋を渡ってくるらしい。
ラグビーもそうである。信用できない選手にパスは回ってこない。
(ページ137)

これからのアスリートに求められるのは、社会にどんなメッセージを送ることができるか、を考える視点だろう。
現に、大谷翔平選手は日本の全小学校に野球のグローブを寄贈したし、フェンシング協会では折れた剣を包丁やメダルに再利用するSDGsプロジェクトを実践している。
(ページ145)

その判断は、やりやすいから選ぶのではなく、勝ちやすいから選べているのかと。
シンプルだが、実に本質を突いた言葉ではないだろうか。
(ページ152)

オリンピックは結果を出さなければならない大会だ。その位置づけは当然分かっている。
だがその一方で、失うもののない大会でもある。
メダルが取れたら人生が変わるほどの大きな出来事になるが、万が一、望んだ結果が得られなくても、ただ節目の大会が終わり、またチームが新しくなって進んでいくだくだけである。
(ページ158)

「今までのオリンピックはゴールでした。でも、今回はスタートだと思います。強いサクラセブンズへのスタートになるように、今までのすべてを置いてくるというよりは、どの国よりも早いスタートダッシュを決めて次へとつなぐ。そんな気持ちで戦えたら嬉しいです。」
(ページ162)

救いがないと感じたときには、私は一宿一飯の恩義がある、あ、違う(※聞き取り通り)「一石二鳥の…」じゃなくて「石切り工が岩石を叩くのを見に行く」。
おそらく100回叩いても亀裂さえできないだろう。しかしそれでも、100回と1回目で真っ二つに割れることもある。
私は知っている。その最後の1打により岩石が割れたのではなく、それは以前に叩いたすべてによること。
(ページ165)

チアルさんのプレゼンにはいくつものポイントがありましたが、私が一番強く感じたのは、「私たち、自分たちがこの大会に勝つために試合をするんじゃない。未来のサクラセブンズのために勝つんだ」というメッセージです。
(ページ170)

何のために戦うのか、何のために勝つのか、という根本の部分をチアルさんは思い出させてくれたのです。
(ページ171)

チアルさんはサクラセブンズの精神的支柱というか、そんな言葉では表現しきれない存在です。
優しさの塊だし、強いし、でも真面目すぎもせず、お茶目な部分もあります。
それらを全部一言でまとめると、「強い女性」ということになるのかな。
(ページ172)

頑張っている自分を大切に思い、今周りにいる人たちを大切に思うことができたら、その心こそがかけがえのない、尊いものなのではないの。
(ページ186)

最後に、全15人制女子日本代表レスリー・マッケンジーヘッドコーチがくれた言葉を紹介して締めくくろう。
「私たちはラグビーを愛しているが、ラグビーは決して私たちに愛を返してはくれない。永遠の片思いだから、ラグビーは楽しいのかもしれない。」
(ページ191)
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