人は、誰かの記憶の中で生き続ける
『永六輔の伝言―僕が愛した芸と反骨』を読んで
「昭和」という時代は、ずいぶん遠くなりました。
しかし、その時代を駆け抜けた人たちの言葉や生き方には、今の時代だからこそ、胸に響くものがあります。
ラジオパーソナリティ、放送作家、作詞家、タレントなど、多岐にわたる分野で活躍した永六輔さん。2016年に亡くなってから、早いもので10年が経とうとしています。
今回、矢崎泰久さんが編んだ『永六輔の伝言―僕が愛した芸と反骨』を読みました。
編者の矢崎さんは、雑誌『話の特集』の編集長を務めた人物です。本書には、永六輔さんが生前に交流した、一筋縄ではいかない「規格外の先輩たち」との思い出が数多く収められています。
そこに登場するのは、昭和の芸能界や文化界をつくり上げた個性豊かな人たちです。
才能だけでなく、情熱、反骨精神、人間臭さ、そして少しの無謀さ。今ではなかなか出会えないような人物たちのエピソードが次々と登場し、非常に興味深く、一気に読みました。
今回は、その中でも特に印象に残った話をご紹介します。
成功の扉を開いた三木鶏郎さんとの出会い
本書では、作曲家・作詞家の三木鶏郎(みき・とりろう)さんについて、詳しく書かれています。
永六輔さんにとって、三木さんとの出会いは、その後の芸能界での成功をつかむ大きなきっかけとなりました。
人生を振り返ると、努力や才能はもちろん大切ですが、誰と出会うかによって、その後の道が大きく変わることがあります。
永さんにとって、三木鶏郎さんは、まさに人生の扉を開いてくれた人物だったのでしょう。
昭和を彩った「規格外の先輩たち」
本書には、昭和のエンターテインメント界を代表する、多くの著名人が登場します。
三木のり平さん、黛敏郎さん、三國連太郎さん、中村八大さん。
40歳にして突然ブラジルへ渡り、その後再び日本に戻ってきたという、バイタリティーあふれる丹下キヨ子さんの人生にも驚かされます。
歌手の坂本九さんについては、その素晴らしい才能をたたえるとともに、あまりにも早い別れに対する永さんの無念さが、強く伝わってきます。
永さんは、坂本九さんの魅力を、単に歌が上手い、下手という尺度では語っていません。
技術を超えた、唯一無二の魅力があった。人の心に届く力を持っていた。その思いが、文章の端々から感じられます。
さらに、小沢昭一さんや野坂昭如さんなど、永さんと深い絆で結ばれた仲間たちとのエピソードも描かれています。
単なる有名人の逸話集ではありません。
互いに刺激し合い、ときには衝突し、支え合いながら生きた人たちの物語です。
淀川長治さんの「一日を大切にする美学」
映画評論家として長く愛された淀川長治さんのエピソードは、本書の中でも特に心に残りました。
淀川さんには、毎朝起きたときに必ず行っていた習慣があったそうです。
朝目覚めると、まずその日の日付を口にする。
そして、
「今日という日は、1年に1回しかない。今年の今日は、一生のうちに1回しかない」
と自分に言い聞かせるのです。
一日一日を大切にし、目の前の出来事や人と丁寧に向き合う。
この心構えこそが、淀川さんの鋭い審美眼や、映画に対する深い愛情につながっていたのかもしれません。
私たちは日々、同じような毎日が続いていると思いがちです。
しかし、今日という日は二度と戻ってきません。
当たり前のことですが、改めて言葉にされると、時間の重みを感じます。
チャップリンに直談判した淀川長治さん
淀川さんと、映画王チャーリー・チャップリンとのエピソードも圧巻です。
若き日の淀川さんは、チャップリンが新婚旅行で神戸港に極秘入港するという情報をつかみました。
すると、初対面にもかかわらず、船に押しかけて直談判したのです。
その熱意が伝わり、チャップリンは甲板での5分間のインタビューを承諾しました。
ところが淀川さんは、甲板に上がると、いきなりチャップリンが映画の中で見せるパントマイムを、本人の目の前で演じ始めたといいます。
周囲が息をのんで見守る中、チャップリンは淀川さんの動きをじっと見つめていました。
そして、その情熱に心を動かされたのでしょう。淀川さんを自分の客室へ招き入れました。
わずか5分間の予定だったインタビューは、結果として1時間にも及んだそうです。
普通に考えれば、無謀ともいえる行動です。
しかし淀川さんは、チャップリンの映画を何度も何度も見て、その動きを研究していました。
ただ会いたい、話を聞きたいというだけではありません。相手の作品を深く理解し、自分の全身で敬意と情熱を伝えた。
だからこそ、チャップリンの心を動かすことができたのでしょう。
情熱とは、言葉で説明するものではなく、行動によって伝わるものだと感じました。
中村八大さんが語った「依存」の本質
作曲家の中村八大さんの言葉として、薬物依存、当時のヒロポン中毒について触れた記述も紹介されています。
その内容は、とても厳しく、同時に本質を突いています。
本人が「自分の意志でやめる」と決心しない限り、依存から抜け出すことは難しい。
治療のために病院などへ隔離しても、本人にやめる意思がなければ、退院後にどうやって手に入れるかばかりを考えてしまう。
そして、
「使えば良い音楽ができる」
「技量やイメージが豊かになる」
という考えは、すべて幻想であり、間違いであると語っています。
依存症は、本人の意思だけでは解決できない複雑な問題でもあり、周囲や専門家の支援が必要です。
一方で、最終的には本人自身が「変わりたい」と思えるかどうかが、大きな出発点になるという指摘には、重みがあります。
薬物に限らず、人が何かに依存してしまう問題にも通じる話だと思いました。
永六輔さんが遺した死生観
小沢昭一さんや野坂昭如さんなど、親しい友人を次々と見送った永六輔さん。
自身も病床に伏しながら、死について次のような趣旨の言葉を残しています。
誰かの記憶の中に生きている限り、その人は存在し続ける。
つまり、死は完全な消滅ではない。
自分が生きている間は、亡くなった友人たちも、すぐ近くにいる。
この考え方には、深い優しさと愛情を感じます。
人は肉体的にはいなくなっても、その人の言葉、笑顔、考え方、教えてくれたことは、残された人の中に生き続けます。
永六輔さん自身も、まさに今、多くの人の記憶の中で生き続けているのだと思います。
私も年齢を重ねるにつれて、親しかった人との別れを経験することが増えてきました。
亡くなった人を思い出し、その人との会話や表情が心に浮かぶとき、その人は確かに自分の中に存在しています。
この言葉は、悲しみを消すものではありません。
しかし、死を完全な別れとしてだけ捉えなくてもよいのだと、静かに教えてくれるように感じました。
語り尽くせない昭和の人間模様
本書には、ほかにも興味深い話が数多く収められています。
津軽三味線奏者の初代・高橋竹山さん。
歌手の淡谷のり子さんとの旅先でのユーモラスな出来事。
民俗学者の宮本常一さんと佐渡島へ行き、突然、一般の民家に泊めてもらったという話。
どのエピソードにも、人間味があります。
予定どおりに進まないことを楽しみ、知らない人とでも自然に関わり、失敗や恥を恐れずに一歩踏み出す。
現代は便利になり、何でも事前に調べ、予約し、失敗を避けられる時代になりました。
その一方で、偶然の出会いや、想定外の出来事から生まれる面白さは、少し減っているのかもしれません。
「人間らしく生きる」とは何か
本書に登場する人たちは、私より20歳ほど年上の世代です。
それでも、彼らの生き方はまったく色褪せていません。
むしろ、効率や正解が求められる今の時代だからこそ、その不器用さや情熱、反骨精神が新鮮に映ります。
成功したから魅力的なのではありません。
好きなものに夢中になり、常識から少しはみ出し、ときには失敗しながらも、自分らしく生きたからこそ魅力的なのだと思います。
『上を向いて歩こう』やテレビ番組『夢であいましょう』が生まれた、テレビ黎明期の熱気。
小沢昭一さんのラジオ番組を聴いていた頃の記憶。
本を読みながら、昭和という時代の空気と、自分自身の思い出が重なりました。
懐かしく、楽しく、それでいて「自分は残された時間をどう生きるのか」と考えさせられる読書体験でした。
永六輔さんを知る人はもちろん、昭和の芸能や文化に興味がある方にも、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。
そして何より、人との出会いや、一日一日を大切にしたいと考えている人にこそ、読んでほしい本だと思います。
