『神仏たちの秘密』を読みました。
松岡正剛さんの本を読むたびに感じるのですが、その知識の広さと深さには、毎回圧倒されます。
今回読んだ『神仏たちの秘密』も、まさに「すごい」の一言でした。
著者の松岡正剛さんは、神話・宗教・歴史・文学などを自在に行き来しながら、日本文化の根っこを解き明かしていきます。
この本は講義録で、個人的にも懐かしい話題があり、思い出しながら読み進めました。
正直、かなり難しい本です。率直に言うと、この本は簡単ではありません。
読みながら、
「本当に理解できているのだろうか」
「自分はまだまだ知らないな」
と何度も感じました。
しかし、そう思わされる本こそ、価値があるのだとも思います。
日本文化は「矛盾を抱える文化」
本書で繰り返し語られるのが、
和と荒
表と裏
生と死
といった、相反するものの共存です。
日本は、どちらかを選ぶのではなく、
両方を抱え込んできた文化だという指摘が印象的でした。
これは、ものづくりや経営にも通じます。
品質とコスト、理想と現実。
簡単に切り捨てず、どう両立させるかを考える。
まさに日本的な発想です。
「稽古」「型」という考え方
「稽古とは、いにしえを考えること」という話も心に残りました。
日本の学びは、
まず型を身につけ、繰り返し、
そこから崩す。
この流れを大切にしてきました。
製造業の現場そのものだと感じます。
神話・宗教・政治を読み解く視点
本書では、出雲と大和の関係や国譲り神話なども、政治史的に読み解かれています。
神話は単なる物語ではなく、
当時の権力構造を反映したものではないか、という視点はとても刺激的でした。
また、仏教が日本文化と融合していく過程も丁寧に解説されています。
「用事を作るのが無事」という言葉は、経営者にも響く一節でした。
外来文化を自分のものにする力
鉄、稲、漢字など、日本は多くを外から取り入れてきました。
しかし、それをそのまま使うのではなく、
自分流に変え、
文化に昇華してきた。
この姿勢は、現代の事業づくりにも重なります。
読み終えて
この本を読んで改めて思ったのは、
日本という国の奥深さと、
自分の知識の浅さでした。
すべてを理解する必要はありません。
一つでも気づきがあれば、それで十分です。
おわりに
『神仏たちの秘密』は、
難しいけれど、何度も読み返したくなる本です。
読むたびに、視野を少しずつ広げてくれる。
そんな一冊だと感じました。
これからも折に触れて、またページを開いていきたいと思います。
備忘します。
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日本の様々なデザインや衣装、考え方や価値観には、このてりとむくりが潜んでいます。相反する性格が、1つの形の中に同時に成立しているような例がたくさんあるんです。ページ15
先ほど日本には和魂と荒魂があるという話をしましたが、もともと日本ではプラスとマイナス、ポジとネガの両方を同値として扱っていくという方法が結構あったのです。ページ17
日本の社会や文化の奥に潜んでいるのはまさにこのような矛盾と統合なんです。和と荒、生と死、陰と用、デコとボコ、表と裏、雅とひなびの同居です。このような矛盾しているものが合わさっていく、そうやってっていくのが日本流なんです。ページ21
つまりオオクニヌシはもともとは三輪神社あたりにいた1族のリーダーで、大和朝廷がそのリーダーの物語を奪ってしまったのではないか、ということです。そして、征服された1族の英雄を蛇の化身にしてしまった。ページ61
新渡戸稲造もまた、日本人である自分がそのままキリスト教を受け入れていくには、何かを合わせていく必要があることに気がついた。そしてそこから、ひょっとしたら武士道というものが、日本においてはキリスト教と同様に、日本人の道徳や倫理を育ててきたのではないかということに思い立ったわけです。ページ69
ではその「葉がくれ」が何を書いているのかというと、一言でいえば、実は「忍ぶ恋」ということなんです。とかく「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉ばかりクローズアップされていますが、そこが大事なのではない。徹底して「奉りおきたるこの身」ということを書いている。この「奉りおく」というところが武士道に伝え続けた日本の精神なんです。そして、それをことさら人に口外しないで、ひたすら死んでいく。それが忍ぶ恋です。それが武士道です。ページ70
私は今稽古と言う言葉をとても大事にしています。学習とか教育とかラーニングとかいう言葉もありますが、稽古という言葉が1番好きです。ぴったり来ます。…稽古の稽は一文字でなんと読むかご存知でしょうか。稽古と書いていにしえを考える、あるいはふるきを思うと読むんです。ページ112
この型という言葉は広いですね。…この型をいろいろに紹介して、日本文化は体や格や様や式を作ってきました。そしてその上で破格や逸脱の過剰ということを面白がってきた。ページ113
どんなことが書いてあるかというと、結論を言いますと、ジェラールは世の当初に隠されているのは犠牲と復讐だったのではないかと書いている。私はこれをさすがだと思いました。要するに誰が犠牲になったかという事と、誰に復讐したしたかったかということが、物語の1番奥に隠されているというのです。ページ131
ルネジェラールは、先程の本の中で権力者が新たに登場したときに必ずやることがある。それは模倣の禁止だと書いています。この王冠はかぶるな、この色は着るな、この杖を持つな、ここは歩くな、同じ言葉を使うな、というふうに。新たな権力者は必ず模倣を禁止するものです。ページ133
日本では結び目のことを「むすび」といいますね。もともとは「産霊」と綴りました。ムスは「産ス」と書きます。ビは「ヒ」のことで、すなわち霊のこと、スピリットのことです。ムスはご飯を蒸すとかおまんじゅうを蒸す場合の蒸すと同じで、苔の蒸すまでの蒸すとも同じです。そこに十分な時が熟しているんですね。ページ136
さて日本の神話構造の1番奥にあるものが、この結びで。タカムスビカミカミムスビという、ムスビの神々が日本神話の最初に登場しているからです。ページ137
日本の「座」とか「席」というものは、神の動向と関係があります。座という字はくらと読みますが、何かそこに象徴的な時空感がある、ということを表しています。そこは空いていて何もないところだけど、何かがやってくることが決まっていれば、座というものなのです。ページ143
どうやら出雲にはかなり力を持ったリーダーがいたらしい。大和朝廷が大和に誕生して日本を治めていく時に、その出雲のリーダーと何らかの話をつけていく必要があった。それが国譲りという神話になって残っているのではないか。ページ146
私たちのすさび、すなわち遊びや、手すさびといった感覚の奥をたどっていくと、このスサノオにたどり着くと言うことです。そして、日本という国土の発生はなぜか、アマテラスの高原パンテオンをモデルに国を作ったのではなく、このスサノオの出雲モデルに国を作ったということになっている。もっといえば、荒れた、すさんだ根の国とも堅州国とも呼ばれる負の世界を、国譲りによって吸収して大和にしていったということなのです。ページ158
この国引き・国づくり・国譲りという3段階の物語に私が注目するのは、日本が文化や技術を他国から受け入れてどのように発展させていくかという事のモデルにもなっていることにあります。まず外から何かを持ってきて、それを自前の技術にして組み立てていって、そして最後はどうぞと譲り渡していく。どうも日本は古来そのようなことを繰り返してきたのではないでしょうか。ページ159
ではどう解釈したら良いのでしょうか。中間結論を言いますと、どうやらここで大和朝廷が出雲とは別に海洋民族とも協力関係を結んだのではないかと思います。ホノニニギ以降の神話は、そのことを伏せつつ物語化しているのではないか、そう思えるのです。ページ162
それは1つは鉄、1つは稲、そしてもう一つは漢字です。鉄も稲も漢字もそれまで日本に全くなかったものです。という事は、この鉄と稲と漢字を日本はどうしたかということをとりあえず見ていけば、少しずつ方法日本のおおもとが見えてくるだろうということです。ページ175
だから鉄製品の利用は第一に農耕具、第二工具として大きな意味があったわけです。しかし、それだけじゃない。第3には戦いのための武具として、さらに第4にはリーダーの象徴という4つの側面を持っていくんですね。ページ184
神様の名前は、男神にはヒコ彦、女神にはヒメがつくことが多いのですが、これは「ヒのコ」「ヒのメ」のことでつまりはヒの力によるネーミングです。これにさらにムスが結びついて、ムスヒコ=ムスメ、ムスヒメ=ムスメになった。ページ190
本居宣長は、「からごごろ」をやめて「いにしえごごろ」に戻れということを説きます。日本人の本来の思想は漢字や漢語では伝わらない、古代社会で交わされていたフルコトがわからない限り、日本というものも見えないし、伝えられない。宣長はそのように考えて「古事記伝」を完成させるわけです。ページ211
中尾の鎌足が独占してしまった伊勢の再試験を再びインべしの手に取り戻したいと考えていたわけです。そこで午後周囲によって伊勢神宮にまつわる結び目を解いて行った。その上でインベシは、主人天皇が神と人が一緒に暮らすのはまずいのではないかと考えたのではなかったか、と言うことを言い出した。ページ215
伊勢と言うのは内宮と外宮という2つの社から成り立っていて、内宮に祀られているのがアマテラスですが、下宮に祀られているのはトヨウケです。そういうことからも、おそらくトヨウケはアマテラスがやってくる前から伊勢にいた神だったのではないか。それがアマテラス信仰と融合させられて、今の伊勢神宮になったというふうに推察できます。ページ216
こんなことをアンドレマルローが日本について語っているんです。「日本とは連綿たる1個の超越性であるというふうに断言している。マルローは、ヨーロッパ的な視点に頼った日本論から早く出してほしいということを、日本に期待していたわけですね。ページ226
これがいわゆる「悟り」ですが、何を悟ったかというと、先ほども言いましたが、一切皆苦ということを悟ったんです。人間は苦しむものだが、その苦は捨てられるものじゃない。捨てるのではなくて、むしろそれを受け入れて、その上で自身をハイパーにして行ったほうがいい。ページ254
縁起と言うのは様々な存在の多様性が全部関係しあい、様々な縁の条件が組み合わさって、今そこにある、というようなことです。ページ262
もう一つの「空」は、ナッシングとか非在とかいうことではなくて、どんな気になることでも、そういうふうに思える自分を「空じていく」ということです。ページ263
このように仏教は、もともと一切皆苦を前提にして、空と縁起からスタートを切ったわけなのです。ページ269
興福寺の仏像で有名な阿修羅像や迦楼羅像は、もともと仏教のものではありません。仏教が成立する前からヒンドゥー教の神々です。ページ276
こうして最長の流れは比叡山を中心とした天台法華になり、後で説明しますが、ここから天台本格思想というものが出て、「山川草木悉皆成仏」という独特の感覚、すべてのものに仏性があるというようなある意味ではとても基本的な見方が生まれていったのです。一方空海の密教の方からは、真言というものを深く探求する言語哲学のようなものが生まれていきます。ページ287
一方いろは唄の作者ははっきりとわかっていませんが、やはり真言密教たちの発案だろうと思います。あれは空海が読んだという説も聞きますが、それはおそらく間違い。空海が残した言語哲学を継承した真言教徒たちが、47文字の全文字を使って、しかもその意味が無常を極めていくという、見事な歌を作り上げたのでしょう。ページ313
「色は匂えど散りぬるを 我が世誰ぞつねならむ 有為の奥山今日越えて あさきゆめみし酔いもせず」ページ314
でも武士たちの方にも、その儚ない死というものを「あっぱれ」と呼べるような自分たちの美意識が確立していくんですね。つまり、貴族や公家の「あわれ」という考え方は、武家が出現すると「あっぱれ」に変わっていくわけです。ページ328
西行に「春風の花を散らすと見る夢はさめても胸のさわぐなりけり」ページ337
もともとは仏陀が木の下で瞑想して悟りを開いたわけですから、道元の坐禅もそのメディテーションの方法を踏襲し、またボーディングダルマーの面壁9年の坐禅の方法を踏襲しているのですが、それを道元が、日本仏教の修行の方法として復活させた。ページ348
そして鈴木大拙が最後の最後に、何度も何度も書いている事は、「用事を作るのが無事」なんだということです。良いことをいいますよね。スタッフや使用人を持たれている方はぜひ行ってみると良いんではないかと思います。「用事を作るのが無事」なんだ。ページ354
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