『米欧回覧実記5』を読みました。
率直に言って、驚きました。
感想ではなく、「分析」になっています。
日本の強みと弱みを冷静に見極め、
欧州各国の制度・産業・社会構造を横断的に比較し、
「では日本はどうすべきか」まで踏み込んでいる。
150年前にここまで考えていたのか、という思いです。
深い感動と感謝の念を覚えます。

■ この本の本質は「比較」にある
第5巻は、単なる旅行記ではありません。
・政治 ・社会 ・農業 ・工業 ・商業 ・交通
これらを国ごとではなく、横断的に比較しています。
だからこそ見えてくるのは、
「制度の違い」ではなく、国の強さの本質です。

■ 大国よりも強い小国の理由
特に印象に残ったのは、この一節です。
小国でも侮れず、大国でも恐れる必要はない
ベルギーやスイスの製品に、大国が驚くほどの独創性がある。
つまり、国の強さは規模ではなく「民の力」で決まる
これは現代でも同じです。
中小企業でも、独自性があれば大企業と戦える。
むしろ、そこに勝機があります。

■ 富は「土地」ではなく「努力」で決まる
もう一つ、強く響いたのがこれです。
・土地が豊かでも怠ければ貧しくなる
・土地が痩せていても努力すれば富む
これは厳しいですが、本質です。
条件の良し悪しではなく、どう使うかがすべて
石窯miniの販売でも同じです。
・立地 ・資金 ・人手
これらが不足していても、工夫次第で結果は変わる。

■ 商業は「戦争」である
本書ははっきり言っています。商業は軍隊の遠征のようなもの
さらに、・輸送 ・仲介
これが商業の本質だと整理しています。
つまり、
良い商品を作るだけではダメ
・どこに運ぶか ・どう届けるか ・誰が売るか
ここまで設計して初めて、商売になる。
これはまさに、今のEC・広告・物流そのものです。

■ ヨーロッパの強さの正体
ヨーロッパの本質として、こう指摘しています。社会として協調する力がある
個人ではなく、仕組みとして機能している
・商工会議所 ・交通インフラ ・教育
これらが連動している。
一方、日本は当時、まだ個の集合に近かった。
だからこそ明治政府は、制度から整備していったのだと思います。

■ 学ぶべきは「技術」ではない
本書は非常に重要なことを言っています。
西洋の技術はそれほど恐れる必要はない、本当に恐るべきは、商業への執念である。ここです。
技術ではなく、執念と仕組み。これが差を生む。

■ 現代への示唆
この本を読んで感じたのは、「今と全く同じ課題だ」ということです。
・どう売るか ・どう運ぶか ・どう差別化するか ・どう協力するか
150年前も、今も変わっていません。

まとめ
『米欧回覧実記5』は、
・世界をどう見るか
・自国をどう評価するか
・何を学び、どう実行するか
を示した、国家レベルの戦略書です。
そしてその土台の上に、今の日本があります。
私たちはその上に立っている。この事実を忘れてはいけないと思いました。
備忘します。


…しかし国民の自守を基本とした経済力ということでは、大国といえども恐れることはなく、また小国といえども侮ることはできないのである。英仏両国などは確かに文明の最も進んでいる国で、産業も通商もともに優れている。
しかしベルギーやスイスの博覧会への出品物を見ると、人々の独創的に満ちた素晴らしい製品があふれていることに大国も驚異を感じることである。……民衆に自守の精神が足りないからである。この競争はいわば平和の中の戦争であり、文明開化の世界において最も大切なことである。我々も深くこのことに心を持ち続けなくてはいけない。24ページ

我が国の出品は、多くの人々の高い評価を得ていた。第一には、それがヨーロッパの物と趣向が異なっており、何もかも西洋の人々の目に珍しく映るからである。第二には、近隣諸国が優れた物をあまり出していないからである。第三には、最近日本の評判が欧州で高まっているからである。そうした事情の中で、工業製品では陶器の評価が高い。しかし、それは質が堅牢であることと、巨大な製品ができることへの評価である。28ページ

その背景には、日本が神社建築を模した物を建て、日本風の庭や池や石塔、石橋などを配している。その池の前には、杉、ヒノキで檜皮葺(ひわだぶき)の建物を作り、売店にして色々な小物を売っている。その評価は大変高い。日本の大工の仕事が素早くて熟練していることについては、オーストリア皇帝も大いに感嘆された。材料はヨーロッパ人としては初めて見るものであって、皆これを香木と呼び、鉋(かんな)屑をもらって帰るものが多かった。38ページ

その軍事力については、もし隣国に戦争があっても、固く中立を守り、自国内に他国の一兵たりとも入れない。敵が来ればこれを駆逐するか、他国の権利を重んずるので、敵兵が国境を出れば、自軍を留めて追撃することはしない。他国領に入って軍事行動をすることはない。(スイス)44ページ

子供の心はひたすら純粋である。教えられることをひたすら守り、勉強を続けているうちに、おのずからスイスの理念に沿って国家を守り、その権利を全うしながら、人と交際するための礼儀を尽くすことを知り、海外はるか遠くの国の使節に対して、このように美しい音楽を聴かせてくれる。
このように子供の時から協力しながら国に報いようとする様子は、実に感動に堪えない。
スイスの男の子は11歳から短い小銃を与えられ、学校で軍事教育を習い、このように国を守る心をしっかり身につけるのである。これがスイスの国民が文武ともに秀でている所以である。60ページ

ヨーロッパの政治をトータルに見て概観すれば、まったく東洋の政治とは別物のようである。欧州人の性格には必ず社会に協調しようという気風が必ずある。これは東洋人にはまったくないところである。そこでヨーロッパの政治・社会を細かく分析すれば、大は一国の政治形態から州、県、郡、末は村や町に分かれるまで、すべて社会という性格を具現している。
ここから類推して考えると、一家族の経済においても社会性が現れているのである。社会の協調は欧州人が徹頭徹尾身につけていることであり、それによって国の主権を公にすれば共和政治となり、これを世襲とすれば君主政治を立てることになる。その形態は大いに異なって見えるが、社会の性質とすれば、大同小異なのである。165ページ

つまり人為的な富は海がもたらすものと言えよう。自然のもたらす利益に人知を加えることに限界はまったくないのである。人の力が多ければ自然条件を克服できる。だから国土が痩せていても、人々が努力すれば富み、土地が肥沃であっても人々が怠慢ならば貧しい。
海沿いの地域の人々は貿易を重視し、山間の人々は工業生産に励む。いずれも自然条件を活かしているのである。171ページ

ヨーロッパの人は荷物を担がないし、ヨーロッパの馬は荷物を積まない。そして道路輸送については東洋の何十倍、何百倍にも達する。これはなぜか、その訳を知らなくてはならない。ヨーロッパ人は担ぐ力を道路の構築に用いている。馬に物を積む代わりに車輪の力を利用する。車輪を用い、平坦な道を運べば、一の力を十にも使えるのである。さらに省力の方法を研究し、レールを敷いて路線を敷き、滑らかなものとし、また方向も一定とする。そうすれば水蒸気の力が運搬に用いられるのである。これが蒸気機関車である。181ページ

東アジアでも今後は努めて水田を減らすことで水利用の道を他に開き、農民が畑作をするように仕向けるといい。日本人が米を必要とするのは、外国人が麦を必要とするのと同様であるが、米と麦はともに価格変動が少ないけれども、外国においては麦の価格は常に米より高いのである。今から外国の良い麦の種を入れ、畑作の有利さを農民に知らせれば、別に水田を畑に変えるということをしなくても、畑にできるような多くの原野が耕されるようになるであろう。186ページ

その技術は機械に頼らざるを得ない。西洋人の技術はそれほどまで畏怖する必要はない。
最も恐るべきは、彼らがよく努力して貿易に周到な関心を持ち、国産品の価値を十分に発揮させているところである。商業というものは軍隊の遠征のようなものである。そこにおいては天命などというものは当てにならず、人の協力が最も大切なのである。ヨーロッパで最も模範とすべきものは、商業に関することである。238ページ

我々使節団が各国を歴訪したのも、他でもない、訪れた国と日本の交際がもっともっと親しくなり、貿易がもっと盛んになることを願うからこそである。そこで各国の元首と会っても、外務官庁の人々と会っても、交わす言葉は親睦と貿易の二つに尽きた。……確かに世界の誰が富などいらないというであろうか。しかし、その富を求める意志の原点が異なるのである。富は自己の生活を全うするためにあると考えるのと、富は快楽生活を極めるためにあると考えるのでは、大きな違いが行動の上に出てくる。239ページ

自分の生活に必要なものだけ作っていれば良いのではない。だとすれば必ずや生産地から需要のある土地に運ばなくてはならない。位置を変える、これが商業の一つの本質である。……もし輸送に際して、生産者が必ず手配をし、需要者に渡すまでのことをいちいち自分で行わなければならないとしたら、製造の仕事はできなくなってしまう。ここに商業という仕事が生まれる。すなわち荷主から品物を受け取り、需要地まで運送する仲立ちをし、また運ばれてきたものを受け取って、市場価格に基づいて需要者に売り、その金を供給地の荷主に送る仲立ちをするのである。商業は複雑だというが、基本はこの二つの要素、輸送と媒介にすべて包括されている。241ページ

ヨーロッパにおける商業活動の実態を簡単に言えば、厳正な規律がある一方で、活発な謀略が用いられていると言えよう。国家の競争は商業で決まる。権謀術数はもちろん商売の常(つね)であるけれども、全体的には調整を図って協力し、利益を漸増させるようなシステムを維持しなくてはならない。254ページ

ヨーロッパの都市で商業が盛んなところが、その気風が大変共和主義的であるが、これも商工会議所などが活動しているからである。貿易が日に日に盛んになっていく際、地方の繁栄を図るについては、商工会議所の設置は非常に肝要である。有識者はこのことをきちんと知らなくてはならない。260ページ

ここにおいてエジプトを主権国とし、フランスが援助を行い、他の各国も献金した結果、建設事業に着手することになったことは、雲や霧が晴れて白日を仰ぎ見るような心地よさがあったはずであるが、ここから生まれた複雑な事情と工事の因縁、困難は、その後もレセップスに付きまとったのである。
人に卓越した、特別な事業を行う者は、特別な忍耐を強く持ち続ける精神を持たなければ、事業をよく保つことはできない。運河の掘削工事が始まってからも数年間、成功の目処は立たず、各国から轟々(ごうごう)たる批判の声が起こった。あるいはその経営が放漫であると言い、あるいはまだ開通もしないのかとちくちく非難する声もあった。
運河の建設現場では次第に土木工事が進み、工事に従事する人も増え、ピーク時には2万人もの人夫が働き、掘った土砂を運んだりしていたが、エジプトは未開の国なので機械の用意も不十分であり、すべて不自由なことばかりであった。それだけではない。あたりが皆、裸地(はだかち)と砂漠ばかりの荒野であり、炎熱は焼くが如く、未開の人々は皆土木工事に不慣れで、労働を嫌悪する声は、暑くなればなるほど高くなった。287ページ

地中海を超えエジプトに至り、アラビアまで来ると、その怠惰で貧しいことは甚だしく、ヨーロッパでは貧しいと見えたイタリアなども、天ほども高い文明国の地位にあると仰ぎ見たくなることである。したがって、国の貧富は土地が肥えているか痩せているかは関係ない。人口の多い少ないということも、国民の知力の程度も関係はない。ただ、その土地の風土や習俗の中で、生活のために努力しようとする、その力の強弱だけが問題なのである。304ページ

まして日本人は自発的に行動して国を離れ、外国と交易することを知らない。外国の地理や産物についてきちんと知らないのは、まったく知識がない者が骨董を鑑定するようなものではないか。これでどうして貿易の利益を上げることができようか。今や航海の事業は年々発展している。貿易は世界的に必要不可欠の仕事である。地理を勉強し、民族を理解し、各地の物産に最大の関心を持ち、それがどのように生産され運ばれているかを検討して、日々新たな進歩を図らなくてはならない。366ページ
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