小説家が綴る古代史の世界。『ヤマトタケルの謎』は、史実と想像力が交差するなかで、日本神話のなかでも特異な存在であるヤマトタケルを掘り下げた一冊でした。正直に言うと、学術書では得られない、物語の温度を感じる本でした。

想像力で補完される神話の空白

筆者は、いくつかの皇子たちの物語が一人の英雄「ヤマトタケル」に集約された可能性を指摘しています。たしかに、『古事記』や『日本書紀』だけを読んでいては見落としがちな、人間くささや悲哀が、ここでは丁寧に描かれており、納得できる場面も多々ありました。

たとえば、出雲の国での“だまし討ち”や、草薙の剣を持たずに戦いに赴くという“慢心”とも取れる描写。これらは史実的にはどうかという話ではなく、「人間・ヤマトタケル」としての立体的な描写に繋がっています。完璧ではないからこそ、読者の胸を打つのかもしれません。

英雄神話としての価値

日本神話はギリシャ神話に比べて“英雄時代”が存在しないとよく言われますが、ヤマトタケルの物語はその例外です。著者もまた、「世界に誇れる英雄神話」として評価しています。ギリシャ神話のオイディプスと比較しながら、「父を乗り越えようとする男の子の物語」という点において、深層心理学とも接続できるのが面白いところです(エディプス・コンプレックスという観点)。

神道と祟りの思想

さらに印象的だったのが、「神道とは、祟りを防ぐために不吉な存在を祀る」という視点です。たとえば、愛宕神社の祭神が“仇子”すなわち「母を殺した子」とされる火の神・カグツチであるという指摘。神道において「祟りを避けるために祭る」という逆説的な信仰が、のちに仏教の“怨霊信仰”に接続していくという流れにはハッとさせられました。

皇統と社会秩序の支柱としての天皇

終盤では、天皇制と社会秩序の関係についても言及があります。国鉄労組ですら、天皇陛下の“お召し列車”の前にはストライキを延期したというエピソードは、象徴としての天皇の存在が、日本社会においていかに強い「抑止力」として作用してきたかを示す象徴的な話でした。

まとめ ― 歴史を物語で読む意義

本書は歴史学的な正確性を求めるものではありませんが、「物語る力」で歴史を読み直すという行為の価値を再確認させてくれました。私自身、「なるほど、物語をつくる人ならではの視点だなぁ」と感心することが多く、日本神話の世界を新たな角度から楽しむことができました。

「歴史とは、記録と記憶のせめぎ合い」とも言いますが、本書のような“記憶を想像で補完する読み方”もまた、古代を身近に感じる手段のひとつかもしれません。

備忘

ギリシャ神話と比べて英雄時代が存在しないといわれる日本の神話世界。しかし唯一の英雄神話・ヤマトタケルの物語が残されている。世界に誇って良い英雄神話である。ページ3

日本の神話が、遥か遠く離れたギリシャの神話に似ているとする説は、多くの専門家によって提唱されている。ヤマトタケル神話も例外ではない。前述したように…ヤマトタケルを、ギリシャ神話のオイデプスに準えている。オイディプスと言えば、英語読みしたエディプスコンプレックスの語源となった人物である。男の子が、父親に反発する感情を、心理学的に分析した用語で、心理学の泰斗フロイトによって提唱された。ページ22

余談ながら、日本各地にある愛宕神社の祭神は、このカグツチである。違う漢字を当ててあるのでわかりづらいが、愛宕は、もともと仇子と書いたのである。つまり母親を殺した不吉な子供という意味なのである。このエピソードの意味するところは、古代には産褥で死亡する妊婦が多かったことを、神話的に表現したものだとされる。不吉な神だからこそ、祟りなどなさないように、斎祀ろうとする。この神道の発想は、のちに仏教が入ってくると、怨霊思想となって流行する。違ページ27

御肇国天皇は、ハツ国クニシラススメラミコトと読む。古事記は「初国、知らす天皇」と書いているから、正しく初代天皇を意味する。初代天皇は神武天皇とされているから初代天皇が2人いることになり矛盾する。…それはともかく、崇神天皇は、四方面に将軍を派遣して領土を広げたり、いろいろな実績を残しているから、前代の欠史8代の天皇とは、明らかに異なる筆致で記録されている。…エポックキングな天皇だったのだろう。ページ42

どうしてここまで偏向した労働運動がまかり通ったかというと、国家的な規模で労働組合が、階級闘争を目指したからである。それにもかかわらず、なぜ日本が共産化しなかったのか。私見だが、天皇の存在が、抑止力になったからだと思う。私の記憶だが、傍若無人にストを繰り返す国鉄の勤労、動労が、ストの日にちを変更したことがある。彼らがストを予定していた日がたまたま天皇陛下の地方行幸の日と重なってしまった。その時、乗客を軽んじていた国鉄労組の幹部が、こういったそうである「お召し列車を止めるわけにはいかん」ページ176 権勢の絶頂にあった国鉄労組でさえ、お召し列車を止めるわけにはいかないとしてストの日程をずらしたほど、天皇皇室への国民の信望数は大きい。将来にわたっても、連面と続く皇統を維持するためにも、天皇、皇室を悪用することのないよう、常に関心を持って国民が見るべきだろう。ページ193

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