土佐源氏に見た人間の哀しさと「進歩」の問い
先日、NHKの100分de名著で、民俗学者宮本常一の名著
「忘れられた日本人」が取り上げられていました。
この本は、私にとって10年前に強い印象を残した一冊です。
番組を見ながら当時の記憶がよみがえり、もう一度読み返したくなりました。
そして今回、新たに手にしたのが宮本常一 忘れられた日本人を読むです。
宮本常一の記録を歴史や民族学の背景とともに読み解いた解説書で、改めて読むことで、宮本の視点の鋭さがより鮮明に見えてきました。
「土佐源氏」の概略
『忘れられた日本人』の中でも、特に印象的な章が「土佐源氏」です。
これは、四国・土佐の山中で暮らす盲目の老人が、自らの半生を語った聞き書きの記録です。
宮本常一は旅の途中でこの老人に出会い、彼の人生の物語を聞き取りました。
老人は若いころ、牛を売買する博労(ばくろう)として各地を渡り歩いていました。
彼の人生は波乱に満ちています。
• 上司の妾と駆け落ちする
• さまざまな女性と関係を持つ
• 町の有力者の妻とも恋に落ちる
• しかしやがて病気と不幸が重なり失明する
失明した彼は社会の底辺に落ち、頼る者もなく放浪の人生を送ることになります。
そして晩年、橋の下の粗末な小屋で暮らしながら、自分の過去を語ります。
その語りは、決して道徳的でも英雄的でもありません。
女を捨て、また女に救われる。
欲望に流され、失敗を繰り返す。
まさに人間の弱さと業をそのまま語る物語です。
宮本常一はこの老人を「土佐源氏」と名付けました。
平安文学の主人公・光源氏になぞらえた名前ですが、そこに描かれているのは華やかな恋ではなく、むしろ人間の哀しさと孤独でした。
人間の哀しさと業
私がこの章を初めて読んだとき、強く感じたのは人間の哀しさと業でした。
土佐源氏の人生は、決して立派なものではありません。
むしろ弱さや欲望に満ちた人生です。
しかし、その語りには不思議な力があります。
人は失敗し、過ちを犯し、それでも生きていく。
その姿が、どこか胸に迫ってくるのです。
民衆の「生」を記録した民族学
宮本常一の民族学の特徴は、
支配者ではなく 民衆の声 を記録したことにあります。
例えば「夜這い」の問題。
民俗学の大家、柳田國男は、
これを「自由恋愛から婚姻へとつながる制度」として説明しました。
しかし宮本は、より生活に近いところから人々の語りを記録します。
そこには、理論ではなく人間の現実の生活 がありました。
百姓とは「何でもできる人」
本書を読むと、昔の百姓の姿にも驚かされます。
百姓とは単なる農民ではありませんでした。
• 石垣を作る
• 大工仕事もできる
• 網打ちもできる
つまり、様々な技術を持った人々でした。現代で言えば、多能工のような存在です。
「進歩」とは何か
宮本常一は最後に、非常に重要な問いを残しています。
進歩とは何なのか。
私たちは「便利になること」を進歩だと思いがちです。
しかし宮本は、こう問いかけます。
進歩の影で、
失われているものはないのか。
共同体の知恵
人間関係の温度
生きるための技術
そうしたものが、静かに消えているのではないか。
忘れられたのは「日本人」ではない
10年前にこの本を読んだとき、私は人間の哀しさを強く感じました。
しかし今回読み直してみると、むしろ
• 人の強さ
• 共同体の知恵
が見えてきました。
忘れられた日本人とは、
単に昔の人々のことではありません。
もしかすると、私たちが忘れてしまった生きる知恵 のことなのかもしれません。
宮本常一の言葉と、細野義彦氏の読み解きを重ねながら、これからも折に触れて読み返していきたいと思います。
備忘します。
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【宮本常一忘れられた日本人を読む】
旧4月22日に会式があって、この夜は男女ともに誰と寝てもよかった。そこでこの近所の人は太子の一夜ボボといってずいぶんたくさんの人が出かけた。ページ61
女性の仕草で、この絵に描かれているのは寝ている姿ですが、中世の絵巻の全体を通してみると、縦膝の女性が非常に多いのです。縦膝は現在の朝鮮半島の女性の正式な座り方のなのですが、現在の日本の女性の正式な座り方とされている正座はむしろ新しいので、縦膝が古い時期の女性の普通の座り方だったことが、この絵引を見るとよくわかります。ページ66
よくおとぎや説話の中に、子供が生まれないので7日間、清水寺などの寺社に参籠したところ、子供を授かったので大事に育てたら、優れた資質を持った子供で、成長して大変立派になったという話が出てきますが、こういう参籠の実態を考えると、これは実際にそこで男女の交渉があって、子供が生まれた事実を背景にして作られている説ではないかと考えられます。ページ67
日本とヨーロッパの種族の違いとしては、「ヨーロッパでは財産は夫婦の間で共有である。日本では各人が自分の分を所有している。ときには妻が夫に氷で貸し付ける。」とあります。ページ85 宮本さんの強調をしておられるのは、こうした縦の主従関係が東日本に見られるのに対して、寄り合い・一揆のような横の組織は、西日本に発達するということだと思います。ページ118
結局、伝承を伝えるのは男性になる、つまり伝承を伝えるのは東は女、西は男という捉え方で東と西を対象させているのです。ページ119
ここに見慣れない地図、環日本海諸国図を掲げます。富山県が作った地図で、日本列島をひっくり返しただけなのです。しかし日本は島国で周辺から孤立しているという、今でもなんとなく我々がそう思いがちな見方、そこから島国根性や島国だから他の国の人には日本文化は分かりにくいなどの常識が生まれてくる、孤立した島国というイメージを払拭する解毒剤としてこの地図は大変有効だと思います。例えばサハリンとアジア大陸との近さについては、我々はあまり意識していませんが、冬になると凍結して、人が渡れるほどの狭さだと言われています。この地図を見るとそのことがよくわかります。ページ135
…被差別部落民は朝鮮半島から渡ってきた人たちだという捉え方をする人たちが実際に関西では少なからずあったと思います。…これに対してとんでもない誤りで、むしろ部落を差別している人々の方が朝鮮半島の人にそっくりで、差別されている被差別部落の人々は、東日本人、東北北陸型の人々とむしろ形質上よく似ているとされています。被差別部落の人々が朝鮮半島から来たなどという事は全くの誤りだと強調されているのです。ページ138
忘れられた日本人を読むとよくわかりますが、百姓といわれている人は、いろいろなことができる人なのですね。石垣も作れる、もちろん大工もできる、網打ちもできる等、様々な技術を皆身に付けています。表向きは農民といわれていても、実際はそういう多様な技術を持っているのです。ページ221
夜這いの問題は、若者の性の自由と婚姻制、また年齢集団に関わって重要で、柳田国男も夜這いを取り上げたが、自由恋愛から両性合意の元でも婚姻へと繋げた柳田に対して、赤松は目線をずっと低くして女性たちのエロ話に耳を傾け、夜ばいの実態を記述して、柳田民族学の支配階級的な一面性と偽善性を通撃した。ページ241 <<民族学のキーブックと薦められて読んでみました。有り体の日本人論にはない実証に基づいた内容と考察に満ちています。昭和14年から30年頃までに古老から聞いた話をまとめています。辺境の農民や漁民、ばくろうなどの語りの記録です。特に「土佐源氏」を読み、日本人そして人間の切なさに深く感動しました。名著です。
【忘れられた日本人】
…話の中にも冷却の時間をおいて、反対の意見が出れば出たで、しばらくそのままにしておき、そのうち賛成意見が出ると、またそのままにしておき、それについて皆が考あい、最後に最高責任者に決を取らせるのである。これなら村の中で毎日顔を突き合わせていても気まずい思いをすることは少ないであろう。と同時に寄り合いというものに権威のあったことがよくわかる。ページ21
…女ちゅうもんは気の毒なもんじゃ、女は男の気持ちになっていたわってくれるが、男は女の気持ちになってかわいがるものは、めったにないけんのう。とにかく女だけはいたわってあげなされ、かけた情は は忘れるもんじゃない。ページ157
…そこでこの近所の人は聖徳太子の一夜ボボと言ってずいぶんたくさんの人が出かけた。…そのぞめきの中で男は女の方へ手をかける。女は男の手を握る。好きと思うものに手をかけて、相手がふり払わなければそれで約束はできたことになる。女の子はみんなきれいに着飾っていた。そうして男と手をとると、その辺の山の中に入って、そこで寝た。これは良い子だねをもらうためだと言われていて、そのよ一夜に限られたことであった。ページ244
それは昔話の伝承のあり方にまで及んでおり、…西日本では村全体に関することが多く伝承するのに対し、東日本では家によってそれが伝承されるという注目すべき指摘が見られる。ページ327
…いったい進歩というのはなんだろうか。発展とはなんであろうかということであった。すべてが進歩しているのだろうか。進歩に対する迷信が、退歩しつつあるものも進歩と誤解し、ときにはそれが人間だけではなく生きとし生けるものを絶滅にさえ向かわしつつあるのではないかと思うことがある。進歩の影に退歩しつつあるものを見定めていることこそ、われわれに課されている、最も重要な課題ではないかページ334
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