米欧回覧実記のアメリカ編を読みました。
明治4年、岩倉具視を筆頭に、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文など明治政府の要人を含む総勢48名が、約3年にわたりアメリカとヨーロッパを視察した記録です。いわゆる岩倉使節団の公式記録です。

原文は漢文体ですが、水澤周氏の現代語訳が非常に読みやすく、当時の視察団の驚きや洞察が生き生きと伝わってきます。

明治初期に「政府の中枢」が海外へ

何より驚くのは、その時代背景です。

長い鎖国が終わり、まだ明治維新の混乱が収まりきっていない時期に、日本政府の中心人物たちがほぼ総出で長期の海外視察に出るという決断。これは常識では考えにくいほど大胆です。

しかしそこには、

先進国から学ばなければ日本は発展できない
世界を自分の目で見て判断しなければならない

という強い渇望と焦燥があったのだろうと思います。

観察しているのは「文明の仕組み」


この本が面白いのは、単なる旅行記ではない点です。

彼らは
産業、地勢、物流、民主主義、男女差別、宗教、商業の信用

など、社会の仕組みを深く観察しています。

例えば物流についてはこう書かれています。
国富を増やすには、まず各地の産物を集めることで価値が生まれる。
それを効率的に配送することが付加価値の要点である。
その基本は水運である。

150年前とは思えないほど、現代のサプライチェーンの考え方に近い洞察です。
また、商業において最も大切なのは資本ではなく「信用」だとも述べています。
貿易において名声(顧客の信用)は巨万の資本以上に大切である。
小さな利益を追うより、信用を高めることが長期的な価値を生む。
これは現代のブランド論そのものと言ってもいいでしょう。

道路を見れば国家がわかる

もう一つ印象的だったのはインフラの観察です。
道路の整備状況を見ると、政治の安定度や人々の貧富の状態がよくわかる。
また、西洋の輸送力が日本の何十倍もある理由を、車輪の技術、道路整備、という極めて合理的な視点で分析しています。

「文明」は精神論ではなく、具体的な仕組みの積み重ねであることを理解していたのだと思います。

民主主義への冷静な視線

興味深いのは、アメリカの民主主義をただ称賛するのではなく、欠点にも言及していることです。自由が行き過ぎると秩序が乱れること、移民社会の難しさなども率直に観察しています。
150年前にこれほどバランスよく民主主義を見ていたことに驚かされます。

明治の教養の深さ

この本を読んで痛感したのは、使節団の教養の深さです。
江戸時代に培われた漢学や蘭学の素養を背景に、彼らは目にしたものを単なる感想ではなく「文明の構造」として理解しています。
正直なところ、現代の「教養ある日本人」を超えているのではないかと思うほどです。

150年前の努力の上に今の日本がある。


本書の最後にはこんな問いが出てきます。

今は東洋人は西洋人にかなわないと言われている。200年後、その言葉をどこの国が発するのだろうか。
150年前、日本の未来はまだ何も保証されていませんでした。その時代に世界を見て学び、必死に追いつこうとした先人たちがいたからこそ、今の日本があります。
そのことを改めて実感させてくれる名著でした。

備忘します。

国富を増やそうとする場合、各地で生産されている様々な産物をまず集めることによって価値が生まれる。その集めたものをいかに効率的に配送するかが、付加価値の要点である。効率よく集め、効率よく配るには水運利用が基本の第一である。ページ45 貿易において名声<顧客の信用>は、巨万の資本以上に大切なのである。優れたビジネスはこの名声を年々高めることに努める。眼前の小さな利益にはこだわらないのは、信用が自分の価値を高めるからである。拙劣なビジネスにおいては小さな利益を掴み取ろうとし、名声の方を捨ててしまう。数年間ではこの2つの方法に優劣は生じないようだが、長年の間にはその優劣の差は歴然としてしまう。ページ90 …
このような土地を過ぎてきたので、世界の大きな富は資源や資本の高に関わるのではなく、それを利用する能力に関わるのだということをますます信ずることとなった。ページ167
…この状況を見ても、人口増加な国家の利益にとって極めて重要なポイントであることがはっきり証明できる。ページ167
…ときには一望のもとに見渡すような広い田野を走る。米国の広い事は、日々、目を見張るばかりの思いである。ページ178
道路がよく整備されているのは商業国の美風である。この市のペンシルバニア・アベニュー等は、特に美しく、50メートル幅の広い道の中央は車道、左右は歩道となっており、歩道の幅は約7メートルの石畳で歩きやすい。ページ207
西洋の人々は荷物を担ぐ習慣がなく、馬にも荷を載せない。それでいて重いものを運ぶ能力は我々日本人の数十倍である。一頭の馬で30トンの重さを運ぶことができる。このように言うと怪しんでにわかには信じないかもしれない。しかしこれは大変簡単な理屈で、何も驚くほどのことではない。車輪の作り方が精巧で道路がよく整備されているからなのである。大体1トンの重さは、人が背負えば20人分の仕事であり、馬に背負わせれば7頭分の仕事となる。ところがよくできた車両で運べば馬一頭で足りる。ページ209
…その国の道路の整備状況を見ると、政治の安定度や人々の貧富の状態が非常によく見えているような気がする。ページ211
アメリカ国民はこうした政治条件の中に育ちながら100年を経たので、小さな子供でも君主をいただくことを恥じる。習慣は日常の感覚となって、彼らは民主主義にも欠点があることを知らず、ひたすらその美点を愛し、世界中にその理想的制度を普及させたいと考えている。ページ224
欧米の人々が文明開化を論じるとき、まず愛国心から論じだす。自分自身を大切にせず、生まれた家を捨て、故郷を顧みず、自分の国を嫌う者は、わが国の伝統的な教えからも背いているのだが、西洋の文明からも評価されないところである。欧米の教育においてはまずその国の歴史を教える。それが愛国心を育てるものだからである。ページ327
…会が終わった後、ホールの前の海岸にある気球に乗り、1000メートルほども上昇してから地上に降りた。ページ328
…通論すると、共和国と言うのは、自由の弊害が多いものだ。地位のある人々が自由を満喫し、一視同仁の状態にあるのはうらやましいことであるが、貧しい庶民たちの考えている自由は、放縦というものであって、人に規制されたくないということである。上下の秩序に欠けるところがあるので、風俗はおのずから悪化する。それに加えて世界各地からの移民が雑居しているのでその傾向が強まる。だからニューヨークからロンドン、そしてロンドンからパリに行くと、人心はだんだん良くなる。パリは、世界の遊園地といっても良いところである。ページ369 …
思うに、この愚かなところがつまりは熱心に教えを守ることの本質であり、我々が1番及ばないところであるかもしれない。なぜならば、宗教において貴ぶべきは実行にあるのであって、弁論ではないからである。ページ387
…今は東洋人の方が西洋人にとてもかなわないというようになった。今から200年後、この「とてもかなわない」という言葉を、どこの国が発するであろうか。ページ407
…米国人は、外国人をまるで家族のように扱い、その厚誼の熱い事はまるで兄弟に対するかのようである。ことにボストンに来てからの5日間は、市内や近郊の街の人々が我々に最大の親睦厚誼を示してくれた。…この開明の時代にあって、鎖国の長い夢から覚め、国際的な友誼の気風に浴するする事は、我が日本においては極めて大切なことだということを、各人は心に焼き付けなくてはならない。ページ416
…土地は広く地味は豊かであり、資源も豊富であるから、産業を起こしたい人間にとっては寛容な土地であり、粗大なやり方によって世界に覇を唱えてきた。これこそ、アメリカがまさにアメリカであるゆえんであると言えよう。ページ417

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA